2015年2月 左上腕骨遠位端骨折・左橈骨遠位端骨折
つまり、左肘と左手首を同時に骨折しました・・・・・・・。
骨折から入院、手術そして通院しながらリハビリ生活。
社会復帰できる日を夢見てがんばります!
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2015年 2月 26日
前日に手術の説明を受けました。
全身麻酔
左上腕骨遠位端(肘)プレート固定:1.5 時間
左橈骨遠位端(手首)プレート固定:1 時間
計 4時間 程度の手術
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朝食抜きで手術の時間を待ちます。
まずは点滴を始め、時間になったらお迎えが来ます。
手術室に入ると、テレビで見たような光景。
手術台があって
お医者さんがいて
電気が眩しくて
音楽が流れて
マスクをつけられて
あっという間に意識がなくなる。
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「手術終わりましたよ。目を開けてください」
そう言われて意識が戻ると何も覚えていない。
だけど、左手が痛い。痛いというより痺れてる。
正座して足が痺れたのの数百倍の痺れがあって
左手の感覚がないし、痛いし、寒い。。。
意識が朦朧とした中、病室へ戻りました。
寒くて呼吸がちゃんとできないのと
左手の感覚がないのとで、プチパニック。
意味が分からなかったのだけは覚えています。。。
痛み止めを使ったら、少し楽になりました。
すでに夜になってるし
目をつむり寝てみる。
でも目が覚める。
時計を見ると1時間も経ってない。
また目をつむる。
少し寝て
また目が覚める。
この繰り返し。夜が長い。
みんな寝てるのに自分だけ起きてるような
朝が遠い遠い気がする、不安。
小さい時に風邪をひいて眠れなかった時の事を
久しぶりに思い出しました。あのとてつもない不安。
でも、私はもう大人だから、
朝が来る事を知っています。
次第に夜が明けて、だんだんと
状況を把握できるようになり
痛み止めを使いながら、
静かに痛みと痺れがひくのを待ちました。
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2015年 2月 23日
午後から入院です。
肘がカパカパしてるのが動かすとわかって
痛いし、怖いし、不安でした。だから
入院すればもう大丈夫だ、という安心感が嬉しかった。
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入院準備は病院からもらったリストを見て。
特に持っていって良かったものはリメイクされたTシャツ。
と言うのも、着替えをする際に左腕に
洋服を通すことが難しく、長袖が厳しい。
できれば綿100%で前開きで飾りがついてなくて・・・。
というとなかなかないものです。
前開きならシャツはあるけど、動きづらい。
半そでTシャツで前開き・・・。
そんな時に母が作ってくれたのがリメイクTシャツ。
普通のTシャツを前で切ってマジックテープを付けたもの。
これ、本当に助かりました!
マジックテープだから片手でも楽々。
そして何よりレントゲン撮影も大丈夫。
こういうの介護服ではあるのかな。
でも、もうちょっと普通の、無地とか若者が着ても
いいような、そんな服があればいいのになー。
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入院に当たり、色々と質問され、施設の利用方法を聞きました。
そして、初めての入院生活が始まりました。
とりあえず、手術までは安静に。。。
車での帰宅がまた痛かった。
歩道から車道へ下りる時
咄嗟にブレーキを踏む時
普通にカーブを曲がる時
全ての振動が腕に響く。
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家に到着後も何をしても痛い。
座ってて落ち着かないし
寝るなんてまさかできない。
左腕を支えている右手を離すことが不安で
常に右手で左腕を支えながら、動きたくない。
となるとトイレも大変・・・。
これは…
月曜日までどうやって過ごすか。
めちゃくちゃ不安。
お風呂はもっての外。着替えも無理。
寝るのも横になれないから
座布団を背中に入れてリクライニングに
座りながら寝る様な感じに。
痛みどめは貰ったけど効いてる様な。
とにかく、月曜日までは何事もなく
ただ時間が過ぎる事だけを祈りながら
極力動かずに、入院準備をしていました。
病院に着くと、運よくそこは土曜の午前中は診察日。
待合い室で待つこと数分、診察室へ呼ばれました。
気さくな感じのフレンドリーな先生。
左手にかけてた布を外すと・・・・・
外から見ても明らかに折れている事がわかる状況。
手首がどっかに吹っ飛んでる・・・
怪我をしてから、気絶してはいけないので
見ないように見ないようにしていた左手。
恐ろしい事になってました。
「あー、痛いね、これは痛いねー」
と繰り返す先生。
痛いです。。。。
他に痛いところはと聞かれ、肘も痛いと告げると
とりあえずレントゲンを撮る事になりました。
レントゲンを撮るのも一苦労。
曲げても伸ばしても体制を変えるだけで痛い。
かなり苦労しながら何とか撮影を終え
再び、診察室へ。この時、親も駆けつけてくれ…。
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「外科的処置が必要ですね。
肘もきれいにT字に折れています」
と、先生。
外科的処置・・・・・
ここまで派手に折れていると
保存療法では治らないという事。
プレート、ボルトを入れて固定する必要がある、と。
手首と肘両方の骨折をしてしまっている、と。
肘の関節部の骨折は回復が難しい、と。
治るまでに数か月は必要となる、と。
おー・・・・・・。なんという事に。。。
その病院では手術からリハビリまで行っている
と言う事ですぐに入院、手術の予約を入れました。
手術日は翌週の木曜日となりましたが
日常生活を送るのも困難なためにベットに空きがあるため
月曜日(今日は土曜日)から入院する事になりました。
生まれて初めての入院。まさか骨折でする事になるとは。
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診察が終了し、とりあえず仮固定をするという事で
ベットに通され、噂の骨折部を無理やり元の位置に戻す
治療が行われました。
すっごく痛いやつ。
ただ、すでにものすごく痛かったので
ゴキッとされた時、痛みがよくわかりませんでした。
三角巾をするのかと思いきや、包帯だけだったからか
アームホルダーなるものをつけられました。
青い布に腕を通して、ベルトを首の後ろに回す。
三角巾より簡単に装着でき、長さの調整も片手でOK。
見た目にもお洒落(?)なのでこれをつけて終了。
仮固定されたら痛みも少しましになり
やっと帰宅することになりました。
もちろん、一人暮らしのアパートではなく
両親の住む実家への帰宅・・・。
この歳になってまた親の世話になるとは、
と思いつつも、歩くこともままならない状態。
宜しくお願いします。
運命の日③へ続く
2015年2月21日
天気も良く、この日は同僚とスノーボードへ。
それまでは寒い日が続いていたのにポカポカと暖かく
絶好のウィンタースポーツディ。
なのに、滑り始めて30分も経たないうちに転びました……
ただのターンの練習をしていて、スピードは出てなかった…
ジャンプとか何か技を練習していた訳でもないのに……
覚えています、左手を着いてしまった瞬間。
尋常ならぬ痛みが左腕を走り、その後、感覚がない。
あ、これはやばい、と瞬時に悟りました。
次の瞬間に考えた事は、月曜日仕事出れるかな、だった。
意外と冷静。
でも、もうだめだと思いました。
自力で滑り下りる事はできないと思いました。
とにかく左腕をどうやって動かすかがわからない。
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そうこうしているうちに、救命士の方がスノーモービルで来てくれ
例のソリに乗せられ、カバーを被され、救護室へ搬送。
ちょっと動かすだけで痛い。固定されていないのがわかる。
ソリから出るのも、座るのも、ブーツを脱ぐのも痛い。
どうなってるかわからない事への不安もあり、ショック状態。
頭から血の気が引いているのがわかるし、気持ち悪い。
その日は土曜日と言う事もあり、救護室の方の判断で
救急車を呼んで貰いました。本当、有難い判断。
とても車まで歩いて行けなかったし、病院を探すのも大変。
しばらく朦朧としていたら救急車が到着しました。
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救急車の中では救急隊員のお兄さんが、温かく和やかに
話しかけてくれ、少しずつ冷静さを取り戻せました。
救急隊員のお兄さん。
この人が私を助けてくれるんだ、と思ったら神様に見える!
ただ、救急車でも振動が腕に響くこと・・・。痛い。
じっと堪える事30分くらい、無事に病院に到着しました。
運命の日②へ続く
プロフィール
HN:
あっこ
性別:
女性
職業:
休職中
趣味:
旅行・散歩・公園巡り
自己紹介:
2015年2月にスノーボードにより左手首と肘を同時に骨折…。現在はリハビリ療養中の30代です。手術の事、診察内容、術後経過、リハビリ、不安になった時にいろんな方のブログの情報が参考になり、励まされました。情報共有と忘備録、この時の自分の気持ちを忘れないようにブログを始めました!
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